私は、誰の人生を生きているのだろう。

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私は、誰の人生を生きているのだろう。
――自分の人生を生きる人と、自分の人生を生きる人が出会うとき。

「あなたのためを思って言っているんです」
そんな言葉を、私たちは何度も耳にしてきました。

親が子どもに。
上司が部下に。
夫が妻に、妻が夫に。
そして、誰かを支援する立場にある人が、その相手に。

そこには、きっと善意があるのでしょう。
相手に幸せになってほしい。失敗してほしくない。もっとよい人生を歩んでほしい。

けれど、ときどき考えるのです。

その「あなたのため」は、本当に相手のためなのだろうか。

もしかすると、自分が望む未来を、相手に生きてもらおうとしていることはないでしょうか。

そして、私自身もまた、誰かの期待に応えることを、自分の人生を生きることと取り違えてはいないでしょうか。

気づかないうちに、誰かの人生を生きている。

私たちは、幼い頃から、さまざまな期待の中で生きています。

よい子であること。
期待される役割を果たすこと。
周囲とうまくやっていくこと。
人に迷惑をかけないこと。

社会の中で生きる以上、他者との関係は欠かせません。
けれど、その関係を大切にすることと、自分の人生を明け渡すことは、同じではないはずです。
本当は違うことを望んでいるのに、相手が喜ぶ選択をする。断りたいのに、嫌われたくなくて引き受ける。
自分の考えがあるのに、その場の空気に合わせて黙ってしまう。

その一つひとつは、ほんの小さなことです。
けれど、それを繰り返しているうちに、いつの間にか、自分が何を望んでいたのかさえ、分からなくなることがあります。

自分の人生を生きているつもりで、誰かの期待を生きている。

これは、決して他人事ではありません。人は、誰かの人生を代わりに生きることはできない。
私は、企業や地域の人たちと、未来を創る仕事に関わっています。

そこで、ときどき自分自身に問いかけることがあります。
私は今、この人たちが本当に創りたいものを、一緒に見ようとしているのだろうか。
それとも、自分が正しいと思う方向へ、知らず知らずのうちに導こうとしているのだろうか。

よかれと思って提案する。相手が迷っていれば、答えを示したくなる。
なかなか動き出さなければ、背中を押したくなる。
けれど、そこで忘れてはならないことがあります。

その人の人生は、その人のものだということです。

私が代わりに決めることはできません。
私が望む未来を、その人に創ってもらうこともできません。
できるのは、その人が自分の望む未来を見つめ、今の現実を見つめ、自分で選べる条件をつくること。
そして、その選択を尊重することです。

それは、ときに、何かを教えることよりも難しい。
相手を信頼し、自分の思いどおりにならない余白を残さなければならないからです。

 

自分の人生を生きることは、わがままなのだろうか。

ここで、もう一つ大切にしたいことがあります。
自分の人生を生きるということは、好き勝手に生きることではありません。
他者を遠ざけることでも、誰にも頼らず生きることでもありません。
むしろ、自分が何を大切にしたいのかを知り、そのうえで、他者とどのような関係を創りたいのかを選ぶことなのだと思います。

誰かを愛することも。
誰かと働くことも。
誰かと一つの未来を創ることも。
自分を失わなければできないことではないはずです。

私は私の望むものを持っている。あなたには、あなたの望むものがある。それは、同じでなくてもいい。
違うからこそ、話してみたい。違うからこそ、知りたい。
違うからこそ、一人では思い描けなかったものが生まれることもある。

二人が同じになることではなく、違う二人のままで、新しい何かを創り出すこと。
そこに、人と人が出会う豊かさがあるように思います。

 

そして、私自身はどうなのだろう。

こうして書きながら、私は自分に問いかけています。
本当に自分の人生を生きているだろうか。
誰かに必要とされることで、自分の存在を確かめようとしていないだろうか。
人の役に立つことに夢中になるあまり、自分自身が何を創りたいのかを後回しにしていないだろうか。
相手を尊重しているつもりで、どこかで自分の期待を押しつけていないだろうか。

年齢を重ねても、こうした問いがなくなることはありません。
むしろ、経験を積み、さまざまな役割を担ってきた今だからこそ、いっそう大切にしたい問いなのです。

これからの時間を、何のために使いたいのか。
どんな人たちと、どんな関係を育てたいのか。
何を創り、何を残したいのか。
そして、何よりも。誰かの期待に応えるためではなく、自分自身が心から美しいと思える人生を、選んでいるだろうか。

その答えを急ぐ必要はないと思っています。
けれど、その問いを誰かに預けてしまうことだけは、したくありません。

私は私の人生を生きる。あなたはあなたの人生を生きる。

この言葉には、少し冷たく聞こえる響きがあるかもしれません。
けれど、私には、むしろ人と人との関係を大切にする、とても温かな言葉に思えるのです。
あなたを、私の思いどおりにしなくていい。
私も、あなたの期待どおりに生きなくていい。それでも、あなたと一緒にいたい。
それでも、あなたと何かを創りたい。依存するからではなく。支配するからでもなく。
互いに、自分の人生を生きる一人の人間として出会う。

そこには、相手を所有しなくても育てられる愛情があり、相手を変えなくても生まれる創造があるのだと思います。

Future Creation Lab.オブリガードが大切にしたいのも、そんな人と人との関係です。

人を変えるのではなく、その人が自分の人生を創る力を尊重する。
そして、互いの違いを消すことなく、一緒に新しい未来を創っていく。
最後に、今日の自分自身へ、一つの問いを残しておきたいと思います。

「今日の私は、自分の人生を生きる選択を、一つでもしただろうか。」

大きな決断でなくてもいい。誰かの期待ではなく、自分の心からの願いに従って選んだ、小さな一つでいい。そんな選択を、これからも重ねていきたい。

私は私の人生を生きる。あなたはあなたの人生を生きる。

そして、そんな二つの人生が出会うところに、まだ誰も見たことのない未来が生まれる。
私は、そう信じています。

Future Creation Lab.オブリガード
本当に創りたい未来を、現実の中に創る。

  • 2026 10.24
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