私たちは、答えを見つけることに慣れるあまり、自分で未来を創ることを忘れてはいないだろうか。
正しい答えを知っている人が、未来を創るとは限らない。
知識が豊富な人がいます。物事を的確に分析できる人がいます。どんな問題にも、すぐに解決策を示せる人がいます。
もちろん、それらは素晴らしい力です。けれど、まだ存在していない未来には、そもそも正解が用意されていません。
誰かの成功事例が、そのまま自分たちの未来になるわけでもありません。そこで必要になるのは、正しい答えを見つける力だけではないのでしょう。
「自分たちは、本当は何を創りたいのか?」
そう問いかけることから、創造は始まるのだと思います。
今ある問題をどう解決するか、ではなく。周囲の期待にどう応えるか、でもなく。
まだ存在していないけれど、自分たちが本当に実現したいものは何なのか。そこに目を向けることです。
人が自分の言葉で話し始める瞬間。
私は、企業や地域の人たちと、未来を創る仕事に関わっています。会議では、最初から活発な意見が出るとは限りません。誰かが答えを持っていると思っていたり、上司の判断を待っていたり。何かを言えば、間違っていると指摘されるかもしれない。そんな空気が漂うこともあります。
けれど、対話を重ねる中で、ふと変化が起きることがあります。
それまで黙っていた人が、自分の考えを話し始める。誰かの提案に従うだけだった人が、「私は、こうしてみたい」と口にする。そして、自分で選んだ小さな行動を、実際に試してみる。その姿を見ていると、私は何とも言えない喜びを感じます。
大きな成果が出たわけではありません。何かが劇的に変わったわけでもありません。でも、確かに昨日とは違う。
誰かの答えを待っていた人が、自分で未来を創り始めている。
私がこの仕事を続けている理由の一つは、そんな瞬間に出会いたいからなのかもしれません。
創造できる人は、特別な才能を持った人ではない。
「創造」という言葉を聞くと、優れた芸術家や発明家、革新的な経営者を思い浮かべるかもしれません。けれど、私たちが考える創造は、もっと身近なものです。
自分が何を創りたいのかを知る。
今の現実を、よいことも都合の悪いことも含めて見る。
そこにある違いから、次の一歩を選ぶ。
やってみて、思うようにいかなければ、その結果を確かめる。
そして、また選ぶ。
それだけのことです。簡単そうで、実際にはなかなか難しい。なぜなら私たちは、失敗を避けようとしたり、周囲の評価を気にしたり、いつの間にか自分が何を望んでいたのかを忘れてしまうからです。
けれど、創造することに、最初から立派な計画も、特別な能力も必要ありません。
創造できる人とは、失敗しない人ではなく、自分が創りたいものを見失わず、現実から学び、また一歩を選べる人。
私は、そんなふうに考えています。人を変えようとするのではなく。
ここで、私自身への戒めもあります。
人を支援する仕事をしていると、つい、相手を成長させようとしてしまうことがあります。
もっと主体的になってほしい。
もっと自分で考えてほしい。
もっと行動してほしい。
その思いが強くなるほど、知らず知らずのうちに、こちらが望む姿へ相手を動かそうとしてしまう。けれど、それでは大切なものを見失ってしまいます。
創造する主体は、あくまでもその人自身なのです。
その人が何を創りたいのか。今、どんな現実の中にいるのか。何を選び、どんな一歩を踏み出すのか。それは、その人自身が決めることです。私たちにできるのは、その力が働き始める条件をつくること。
問いを置く。
創りたい未来と今の現実を、一緒に見る。
小さく試せる余白をつくる。
そして、私たちがいなくても、その人たち自身で次の一歩を選べるようになること。
本当は、それがいちばん嬉しいのです。
創造できる人が増えたら、社会はどう変わるのだろう。
会社では、社長や上司だけが答えを持つのではなく、一人ひとりが自分たちの創りたい未来を考え、判断する。
地域では、誰かに地域をよくしてもらうのを待つのではなく、そこに暮らす人たちが、自分たちの望む風景を少しずつ創っていく。
教育では、用意された正解を上手に答えることだけでなく、子どもたちが自分の問いを持ち、自分で試し、発見する。
そして、一人ひとりの人生では、誰かの期待に応えることだけに追われず、自分が本当に大切にしたいものを、自分で選んで生きていく。
そんな光景を思い浮かべると、私は少し胸が高鳴ります。
もちろん、現実はそんなに簡単ではありません。思いどおりにならないことも、失敗することもあるでしょう。それでも、自分で選び、現実に働きかけ、また選び直すことはできる。その営みが、特別な誰かのものではなく、当たり前のものになっていったら。どんな社会が生まれるのでしょう。
そして、私自身もまた、創造する一人でありたい。
こうして書きながら、ふと気づくことがあります。
私は、人に創造することを伝えながら、自分自身はどれほど創造しているのだろうか?
昨日までの経験や、慣れ親しんだやり方に頼りすぎてはいないだろうか?
何かを正しく説明することに満足して、自分が本当に創りたいものを後回しにしてはいないだろうか?
年齢を重ね、経験が増えるほど、知っていることも増えていきます。けれど、知っていることが増えるほど、まだ知らない世界に心を開くことが難しくなるのかもしれません。だからこそ、これからも問い続けたいと思います。
「私は今、何を創りたいのだろう?」
その問いに、昨日と同じ答えを出す必要はありません。今日見えた現実の中から、また新しいものを選んでみる。うまくいかなければ、やり直してみる。そんなふうに、自分自身も創造する人生を生きていたいのです。
私たちFuture Creation Lab.オブリガードが増やしたいのは、正しい答えを知っている人ではありません。
誰かの指示がなくても、自分の創りたい未来を思い描き、現実を見て、自分で選び、また一歩を踏み出せる人。そして、そんな人たちが出会い、互いの違いを生かしながら、一人では創れなかったものを生み出していく。
私たちは、「創造できる人」を増やしたい。
企業でも。地域でも。教育でも。そして、一人ひとりの人生でも。
そのために、まず今日、私自身が一つの問いを持ってみたいと思います。
「私は今日、何を一つ創り出そうか。」未来は、誰かが用意してくれるものではないのですから。

Future Creation Lab.オブリガード
本当に創りたい未来を、現実の中に創る。















