「持続可能性」の前に、「生命可能性」を

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いま現役で頑張っている経営者や、NPO・地域活動のリーダーの方とお話していると、最近よく感じることがあります。それは、「社会のために頑張っている人ほど、自分の生命が乾いていく構造に入りやすい」ということです。
誰かの役に立ちたい。地域を良くしたい。社員を守りたい。次世代に何かを残したい。その想い自体は、本当に尊い。でも、その責任感が強い人ほど、
・自分が倒れてはいけない
・期待に応え続けなければならない
・意味のあることをしなければならない
・成果を出し続けなければならない
という構造に、知らないうちに入っていきます。すると、最初は「志」だったものが、いつの間にか、“自分を削り続けるエンジン” になってしまう。そして、気づかないうちに、「自分が本当に感じていること」よりも、「社会的に正しいこと」だけを優先するようになる。
これは、能力の問題ではなく、構造の問題です。


だから、休暇を取っても、美味しいものを食べても、根本的には回復しない。
生命そのものが、乾いていく構造の中にいるからです。
逆に、長く創造し続けるリーダーには、ある共通点があります。
それは、「自分の生命感覚を置き去りにしない」ということ。
・本当は何に心が動くのか
・どんな時間に生命が潤うのか
・誰といる時に自然体でいられるのか
・何を“美しい”と感じるのか
そういう感覚を、忙しさの中でも失わない。
そして、組織や活動そのものを、“生命が潤う構造”へ少しずつ変えていく
本来、持続可能性とは、事業や財務だけの話ではなく、「人の生命が、長く創造し続けられる構造かどうか」なのだと思います。
もし今、どこかで疲れているなら、それは気合いが足りないのではなく、“生命が乾いていく構造”のサインかもしれません。
だからこそ、これからの時代のリーダーには、「何を達成するか」だけではなく、「どんな構造の中で生きるか」が、ますます問われていくのだと思います。

  • 2026 05.08
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