緊張は、なくすものではない。~創りたい未来と、今ここにある現実のあいだで~

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緊張は、なくすものではない。

―― 創りたい未来と、今ここにある現実のあいだで

未来を思うと、心がざわつく

何かを本気で創り出そうとするとき、私たちは、ある種の居心地の悪さに出会う。
「こうありたい」と願う未来がある。けれど、目の前の現実は、まだそこに届いていない。

その隔たりを見つめていると、心が少しざわつく。
早く何とかしたい。何か手を打たなければ。このままではいけない。
そんな気持ちが湧いてくる。

私自身、経営や地域づくりの現場で、何度もそんな場面に立ち会ってきた。
会議の場に沈黙が訪れる。
誰もが、目指したい姿と、容易には動かない現実とのあいだにいる。
すると、誰かが解決策を口にする。それは、とても自然なことだと思う。

けれど、ときどき私は、その場で少し立ち止まってみたくなる。
「私たちは、いったい何を創りたいのでしょうか」
この問いを置くだけで、場の空気が静かに変わることがある。

問題をどう処理するか、という話から、本当に創りたいものは何か、という話へ。
似ているようで、この二つはまったく違う。
楽になろうとして、手放してしまうもの

私たちは、緊張を好まない。できることなら、早く解消したい。
不安を感じれば、目標を少し小さくしてみる。
現実が厳しければ、「まあ、こんなものだろう」と自分を納得させる。
あるいは、まだ何を創りたいのかも十分に見えていないうちに、解決策を探し始める。
そうすれば、一時的に気持ちは楽になるかもしれない。
けれど、そのとき、私たちは大切なものまで手放してはいないだろうか。
本当に創りたかった未来そのものを。

 

緊張は、創造の力になる

ロバート・フリッツの創造の構造に出会って、私が深く心を動かされたのは、緊張に対する見方だった。

創りたい未来(Desired Result)と、現在の現実(Current Reality)。
この二つを、どちらも曖昧にせず、同時に見つめる。そこに生まれる隔たり。

それが、創造における「構造的緊張」だ。
緊張は、必ずしも取り除くべきものではない。
むしろ、創りたいものを現実にしていくための力になり得る。

ヴァイオリンを弾いていると、このことを身体で感じる。
弦は、適切な張力があってこそ音を響かせる。緩めすぎれば、音は生まれない。
だからといって、ただ強く張ればよいわけでもない。

大切なのは、その張りをどう使って音楽を創るか、ということなのだと思う。
人生も、仕事も、どこかそれに似ている。

 

現実を変える前に、現実を見る

もちろん、現実は思いどおりには動かない。
人と人との関係には、それぞれの事情がある。
組織には長年積み重なった習慣があり、地域には簡単には言葉にできない歴史や感情がある。
それらを無理に変えようとすると、かえって大切なものを傷つけてしまうこともある。

だから私は、現実を急いで変えようとする前に、まず、ありのままに見つめたい。
美化しない。責めない。都合よく解釈しない。

そして、創りたい未来も、簡単には手放さない。その二つを見つめながら、静かに問い続ける。
「では、ここから何を創り出せるだろう」

すぐに答えが出なくてもいい。
ただし、立ち止まることと、何もしないことは違う。
小さくても、現実を未来へと動かす一歩を選ぶ。その一歩が、新しい現実をつくる。
そして、その現実をもう一度見つめながら、次の一歩を選んでいく。
創造とは、そんな営みの積み重ねなのだと思う。

 

年齢を重ねて、見えてきたこと

若い頃は、緊張のない状態が、穏やかで幸せな人生なのだと思っていた。
けれど、年齢を重ねた今、少し違う景色が見えてきた。

穏やかであることと、緊張がないことは、同じではない。
心の奥に、まだ創りたいものがある。
今の現実とのあいだに、まだ隔たりがある。
それは、人生にまだ創造の余地が残されているということでもある。
そう思うと、その隔たりさえ、どこか愛おしく感じられる。

秋の朝、バルコニーでコーヒーを飲みながら、ひんやりとした空気に身を置く。
季節は、誰かに急かされることもなく、少しずつ深まっていく。
変化には、それぞれの時間がある。けれど、何も起きていないわけではない。

目には見えなくても、次の季節は静かに形づくられている。
私たちの創造も、そうありたい。

 

まだ創っていない未来へ

焦らず、しかし、諦めず。現実から目をそらさず、未来への眼差しを失わず。

緊張を消すために、生きるのではない。
創りたいものを、この世界に生み出すために、その緊張を使う。

それが、私の大切にしたい創造の姿勢だ。

そして、これからの人生で、いっそう深めていきたい生き方でもある。
あなたには今、創りたい未来と、目の前の現実とのあいだに、どんな隔たりがあるだろうか。
その隔たりは、ただ苦しいものだろうか。
それとも、まだ見ぬ何かを生み出すための、静かな力を秘めているのだろうか。

緊張は、なくすものではない。
その向こうに、まだ創っていない未来がある。

  • 2026 10.08
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